時を越えて、また泣ける──Adele『Someone Like You』が蘇る理由

"あの頃の涙"を、今また流す理由

2011年、Adeleの『Someone Like You』は静かに、けれど確実に、世界中の心を震わせた。
力強い歌唱や壮大なバンドサウンドが主流だった当時にあって、
この曲は、ほぼピアノと声だけで全英・全米チャートを制した。

あれから十年以上が経った今、SNSでは再びこの楽曲が話題に上っている。
「久しぶりに聴いたら、泣いた」──
そんな声と共に、かつてとは違う涙がこぼれている。

大人になった今だからこそ分かる“未練”や“強がり”。
強くなったはずの自分に、もう一度そっと突き刺さるこの曲は、
もはや失恋の歌ではなく、「感情と向き合うための音楽」として息を吹き返している。

言葉ではなく、沈黙が物語るバラード

『Someone Like You』には、説明的な歌詞も、派手な演出もない。
静かなピアノに乗せてAdeleが語るのは、
元恋人の幸せを“願うふり”をした、自分への慰めのような言葉たちだ。

I heard that you're settled down
That you found a girl and you're married now

他人から聞いた“あなたの幸せ”を語るこの冒頭だけで、
もうすでに、聴き手の胸には痛みが走る。

どこまでも淡々と、感情を抑えるように歌うAdeleの声。
だからこそ、曲の終盤、声が震えたときの“本音”が際立つ。

Never mind, I'll find someone like you
I wish nothing but the best for you, too

本当にそう思っているわけじゃない。
でも、そう言うしかなかった。
その矛盾が、声の温度ににじみ出ている。

このバラードが描いているのは、別れの痛みではない。
「まだ好きだけど、戻れない」と知ってしまった瞬間の、
どうにもならない気持ちなのだ。

なぜ今、『Someone Like You』なのか

2025年、Adeleが再び音楽シーンに戻ってくるという報道が世界を駆け巡った。
そのニュースと呼応するように、『Someone Like You』は再生回数を伸ばし、
SNSでは「今の自分にいちばん刺さる曲」として広がりを見せている。

派手なサウンドに埋もれていた心の声が、ようやく“聞こえる時代”が来たのかもしれない。
Olivia Rodrigo、Billie Eilish、Gracie Abrams──
静けさのなかに感情を潜ませる女性アーティストが増えた今、
Adeleが切り開いた道は、ようやく正当に評価されつつある。

そして何より、人は何度でも失恋をする。
人を手放し、想いを抱え、それでも前を向こうとする──
そんな人生の場面に、いつでも『Someone Like You』は寄り添ってくれる。

それは、忘れたはずの誰かを思い出してしまうような、
けれど、その痛みに優しく名前をつけてくれるような、
そんな一曲なのだ。

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