
静かに始まるアコースティックな旋律。
どこか80年代のポップスを思わせる、柔らかなコード進行。
「これが“幸せ”の歌?」と、一瞬思ってしまう──けれどその印象は、曲が後半へ進むにつれて見事に裏切られる。
Billie Eilishの『Happier Than Ever』は、ポップスの皮をかぶった、感情の爆発だ。
前半、彼女の声はささやくように穏やかだ。
リバーブの効いたギターに、軽やかなメロディ。
恋人との距離を語る歌詞は、一見どこにでもあるような“別れの歌”に見える。
だが、その静けさには伏線が張られている。
曲の後半、静けさは一転する。
ノイズ混じりのエレキギターが響き、ドラムが割り込む。
Billieは「I could talk about every time that you showed up on time…」と、堰を切ったように怒りをぶつける。
ここで彼女のボーカルは、それまでの“優等生”を脱ぎ捨てる。
静と動のコントラスト。それがこの楽曲最大の魅力であり、メッセージの核でもある。
「Happier Than Ever(あの頃より幸せよ)」というタイトルは、実のところ皮肉に満ちている。
本当はそう思っていない──むしろ、その言葉を吐くことでしか怒りと悲しみを昇華できない、という苦しさがにじむ。
彼女の歌詞は、個人的な経験から生まれていながら、リスナーに“自分の話かもしれない”と錯覚させる力がある。
Billie Eilishというアーティストは、声量でも派手な表現でもなく、“対比”で聴かせる。
彼女の歌はまるで一本の短編映画のように、構成とテンポ、抑揚を計算している。
この『Happier Than Ever』も、その真骨頂。
淡い期待を持たせてから感情を爆発させることで、聴く者の感情を強く揺さぶる。
この曲が今の時代に響くのは、「感情を抑えることが美徳」とされやすい空気に対するカウンターとしての力があるからだ。
SNSでは“いい子”や“幸せそう”を演じることが求められる。
けれど、誰だって叫びたい日がある。
この楽曲は、そんな感情を代弁してくれる。
聴き終えた後、胸の奥がジンと熱くなる。
怒りも悲しみもすべて吐き出したようなカタルシスと、静けさ。
Billie Eilishは、やはり“今”を描くアーティストだ。
『Happier Than Ever』は、その確かな証明である。