「名前のない感情が、音になる──Vaundy『タイムパラドックス』の残響」

すれ違う感情と、止まらない時間

時間は、感情を置き去りにする。
どれだけ強く願っても、瞬間はすれ違い、記憶の中にしか残らない。

Vaundyの『タイムパラドックス』は、そんな“すれ違いの感情”をそっと掬い上げたような楽曲だ。
アニメ『ダンダダン』の主題歌としてリリースされたこの曲は、タイトルが示すとおり「時間の矛盾」──過去と未来が交差する、そのあいだにある“今”を描いている。

音楽は、記憶の断面をなぞる

この楽曲には、物語がない。
はっきりとした感情の表明も、具体的な出来事の描写もない。

それでも、そこに“誰か”の感情が確かに存在する。
跳ねるビート、断片的に差し込まれるフレーズ、静と動の反復。
それらはまるで、記憶の断面図を音に変換したような構造を持っている。

レプリカとしての声が、感情を宿す

VaundyはBillboardのインタビューで、「自分はレプリカのような存在」だと語っている。
“誰かの記憶や懐かしさを再構成している”と。

『タイムパラドックス』は、まさにその在り方を体現している楽曲だ。
自らの経験ではなく、リスナーの“心のどこかにあるもの”を想起させる音。
その声は“自分のものではない感情”を、あたかも自分の記憶であったかのように響かせてくる。

音だけが残す、“今”という瞬間

“戻れないのに、忘れられない”。
“終わったのに、終われていない”。

そんな未整理の感情を、音だけが抱きしめてくれることがある。
『タイムパラドックス』は、まさにそういう種類の楽曲だ。
Vaundyの声が何度も形を変えながら響くたび、聴き手の中に眠っていた“名前のない感情”が輪郭を持ちはじめる。

未来でも過去でもない、“今”という瞬間だけが、ここにある。
音は止んでも、その余韻だけが確かに、胸に残る。

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