「見つけてくれて、ありがとう──でも私はもう戻れない」

Stephen Sanchez『Until I Found You』

それは、優しさの顔をした呪いだった

Until I Found You”──
その言葉は、一見するとただの愛の告白に聞こえるかもしれない。
でもこの曲を聴いていると、胸のどこかがざわつく。
それは、見つけてもらった喜びの裏側に、「もう戻れない」という静かな絶望が潜んでいるからだ。

恋に落ちたことのある人なら、きっと一度は覚えがあるはずだ。
「あなたに出会ってしまった」という確信のあとに続く、抗えない感情の連鎖。
この曲は、“愛されたことで壊れていく自分”の物語でもある。

ノスタルジーという名の甘い牢獄

まるで1950年代にタイムスリップしたかのような、クラシカルなサウンド。
ストリングスの柔らかい旋律、淡いエコーがかったボーカル、
ゆったりと揺れるビートが、私たちを「初恋みたいな景色」に連れ戻す。

でもそのノスタルジーは、ただ甘いだけじゃない。
それは、“もう二度と戻れない時代”への執着でもあり、
「今ここにいる自分」が、もう取り返せない何かに縛られていることを痛感させる。

愛された”のではない、“見つけられた”のだ

この曲の語り手は、恋に“落ちた”のではなく、“拾い上げられた”。
“I would neve

r fall in love again until I found her.”
恋をしないと誓っていた自分が、彼女に出会ってしまった瞬間。
それは希望だった。でも同時に、自由を失った瞬間でもあった

自分ではない誰かの存在によって“変えられてしまう”こと。
それはときに美しくて、ときに苦しい。
この曲が描く愛は、そんな受動的で抗えない従属の形を纏っている。

愛されることで、傷が深くなる夜がある

Stephen Sanchezの声は優しい。どこまでも、優しい。
でもその優しさが、かえって痛いときがある。
「この人にすべてを委ねてしまった自分は、もう昔には戻れない」
そう気づいたとき、優しさは刃に変わる。

“見つけてくれてありがとう”と思う。
でも本音は、“見つけないでほしかった”だったかもしれない。
誰かに見つけられた瞬間から、自分の輪郭が曖昧になっていく──
そんな感覚が、この曲の底に沈んでいる。

恋は、始まりじゃなく“引き返せなくなる点”なのかもしれない

『Until I Found You』はただのラブソングではない。
それは、“誰かに見つけられたこと”で始まる、逃げ場のない物語だ。
優しさに包まれながら、気づけば自分を失っていくような恋。
それでも「ありがとう」と言ってしまうしかないほど、愛は深く、そして残酷だった。

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